2011年08月04日
ごまかさないで真実を見る勇気をもつ
4時半起床。ウェーダーを携えてA池へ。




ムスジイトトンボの眼の美しさに惹き寄せられる。
部屋に戻って草野球の準備も少しずつ始める。部屋にたまった書籍や文房具を持ち帰ってしまおうとリュックに詰め込んでいくうちに免許合宿の時と同じくらい重たくなってしまう。
~・~・~
バスで駅に出て改札に入ってケータイを見てみると、Mt.Bk氏より自宅待機メールが届いていた事に気がつく。もう少しケータイを見るのが早かったらなあと後悔しつつも列車に乗っていたのだが、途中で無事開催できるとの通知が来て安心。しかしホッとしたのも束の間、雲行きは怪しくなり電車の窓にも雨がかかり始めた頃中止のお知らせorz 出発前に今日はつくばっくせず六郷に行く事に決めていたので結局ムダ骨を折る事にはならないのであるが、久々に運動できると楽しみにしていただけに残念。途中どこかに寄り道しようかとも考えたが、いきたいところも思い浮かばず直帰。
それから前回の規制の時にいけなかったBookoffに寄ってみる。ここで久々に中島義道シリーズ『狂人三歩手前』を発見! 見つけたときからニヤニヤしてどうしようもないのだが、非常に危険な笑みでもある。来る前に、部屋にあった「もう読まないだろうなあ」という本をいくつか売ってみたが7冊で\110にしかならない。うち2冊にいたっては\5とまあひどい裁かれようである。Bookoffに行っては本を買ってくるのはいいのだが、買った本を読まないうちに次から次へと買うのは止した方がいいのかなあ・・・
明日は早起きしてヒヌマ観察をしてから高校に出向いて合宿のミーティングに参加し、(天気が悪くなければ)ちょっと寄り道をしてつくばっくする予定…




ムスジイトトンボの眼の美しさに惹き寄せられる。
部屋に戻って草野球の準備も少しずつ始める。部屋にたまった書籍や文房具を持ち帰ってしまおうとリュックに詰め込んでいくうちに免許合宿の時と同じくらい重たくなってしまう。
~・~・~
バスで駅に出て改札に入ってケータイを見てみると、Mt.Bk氏より自宅待機メールが届いていた事に気がつく。もう少しケータイを見るのが早かったらなあと後悔しつつも列車に乗っていたのだが、途中で無事開催できるとの通知が来て安心。しかしホッとしたのも束の間、雲行きは怪しくなり電車の窓にも雨がかかり始めた頃中止のお知らせorz 出発前に今日はつくばっくせず六郷に行く事に決めていたので結局ムダ骨を折る事にはならないのであるが、久々に運動できると楽しみにしていただけに残念。途中どこかに寄り道しようかとも考えたが、いきたいところも思い浮かばず直帰。
それから前回の規制の時にいけなかったBookoffに寄ってみる。ここで久々に中島義道シリーズ『狂人三歩手前』を発見! 見つけたときからニヤニヤしてどうしようもないのだが、非常に危険な笑みでもある。来る前に、部屋にあった「もう読まないだろうなあ」という本をいくつか売ってみたが7冊で\110にしかならない。うち2冊にいたっては\5とまあひどい裁かれようである。Bookoffに行っては本を買ってくるのはいいのだが、買った本を読まないうちに次から次へと買うのは止した方がいいのかなあ・・・
明日は早起きしてヒヌマ観察をしてから高校に出向いて合宿のミーティングに参加し、(天気が悪くなければ)ちょっと寄り道をしてつくばっくする予定…
まだ少ししか読んでいないが『狂人三歩手前』より。
右を向いても左を向いても「正義ゲーム」ばかり。私はとりわけ正義というものが、よく分からない。フェアであることが、何でそんなに貴重なのかもわからない。だが、社会生活の大部分は、この正義ゲームに参加することなのだ。正義の名の下に、自分を棚に上げて相手を足腰立たなくなるまで責めること、こればかりだ。それだけはしたくないと心に決めたとたんに、私は社会的にすることがなくなった。
私は大学生ともなれば、基本的にはすべて自己責任、つまり第二外国語に何を取っていいのかわからないのも、成績が不良なのも、卒業研究のテーマが決まらないのも、就職できないのも、留年せざるをえないのも、全部本人の責任だと思うのだが、学生達はああしてこれ、こうしてくれと要求し、それに先生方は懇切丁寧に対応し、しかもそうでない教員を白い眼で見るのである。
言語を学ぼうとするのに、言語を信じない君たちの態度こそ一番変えねばならないことだ
右を向いても左を向いても「正義ゲーム」ばかり。私はとりわけ正義というものが、よく分からない。フェアであることが、何でそんなに貴重なのかもわからない。だが、社会生活の大部分は、この正義ゲームに参加することなのだ。正義の名の下に、自分を棚に上げて相手を足腰立たなくなるまで責めること、こればかりだ。それだけはしたくないと心に決めたとたんに、私は社会的にすることがなくなった。
私は大学生ともなれば、基本的にはすべて自己責任、つまり第二外国語に何を取っていいのかわからないのも、成績が不良なのも、卒業研究のテーマが決まらないのも、就職できないのも、留年せざるをえないのも、全部本人の責任だと思うのだが、学生達はああしてこれ、こうしてくれと要求し、それに先生方は懇切丁寧に対応し、しかもそうでない教員を白い眼で見るのである。
言語を学ぼうとするのに、言語を信じない君たちの態度こそ一番変えねばならないことだ
Posted by Impulse610 at 18:10│Comments(0)