2011年11月14日

3人以上の集団では喋れません

4時起床で発生学概論のレポートの図を書く。しかしながら眠さに負けて二度寝をしてみたら2時間も経ってしまった…

1限:草原
草原の環境問題や授業評価、感想を書く。

2限:身体の文化とサイエンスⅡ
結核やハンセン病、インフルエンザの流行を振り返った新聞記事を読んだり、DVDを観る。

3限:生態学概論
海洋の植物の生態系について。なぜ寒い高緯度地域の方が暖かい低緯度地域よりも植物プランクトンがたくさん分布しているかは、2010年度の入試問題にも取り上げられたが、それの種明かしといったところ。地学用語の湧昇流が登場したことは嬉しい。

4~5限:殆ど手を付けていない微積分レポートを提出しに行く際、死角を横切る場所がある。怖いのでベルを鳴らしてゆっくり進入したが案の定自転車がやってくる。よけるは良いがantのことだから曲がりきれず転倒し、駐輪場に突っ込む。不思議なことにけがは全くしなかったが、殆ど効き目の無いVブレーキの買換えと運転時の手袋の着用は必須だと肝に銘じる。このブレーキシューが高いんだよなあ…
そして名刺を作ってもらう。
一旦帰宅後図書館で動物整理対策。

6限:みんなでつくろうつくばアクションプロジェクト
我々の班は来週発表なので今回は聞くだけ。テーマが被っているグループは今回は見受けられなかったので安心。

~・~・~

また明日の情報処理では昼食の時間にまで食い込んでしまうのだろうか・・・

昨夜、今まで抱いていたコミュニケーションの特質について、非常にスッキリした説明がなされているサイトを見つけました。
私は二人関係ではよくしゃべるが、三人関係になるととたんに黙りたくなる。

という部分や、ずっと下の方にあるコメントにとても共感できます。

ここで書かれているほど強烈ではないにしろ、やはり3人以上の集団では、思っていることが言いにくく感じることばかりだし、相槌にしろ本当に心から共感して思ってのことなのか、それとも周囲の雰囲気に合わせているだけなのか分かりません。自分の話をきちんと聞いてもらっていない気がして、話す気も起こらなくなります。
610の場合は趣味にしろ服装にしろ聞く音楽にしろ食習慣・生活習慣にしろ、一般的な若者のトレンドとは相いれないものばかりです。多くの点で「集団の空気」に同調してないからか、多くの場合は自己紹介をした時点で目に見えない境界線が引かれてしまうように思います。ただ、表面的にその線がはっきり見えてくることはまずなく、能動的にかかわる必要は無い存在としてその集団内に取り置かれるように感じるのです。610の方もそういう集団の空気が読めるのか分からないが、私のことなんてどうでもいいのだろう、私よりも話したい相手・話題・集団が大切なのだろうという気がしてあれこれ話すことは極力控えようと思ってくるのであって、これに口下手さが拍車をかけているというのが私の発話が少ないことの原理なのかもしれません。

こういった状況は2人の時にはもう少し改善されているように思います。もちろん2人でいても全く話さないこともありますが、少なくとも相手が私の話を聞いている確信は持てますし、聞いてもらえているのだから話さねばなりません。集団でいる時よりも口下手さを意識することはなく、「ふつうの」会話ができている気もします。
文化祭の時、G30のブースに行ってまったく英語が話せず玉砕した時のことですが、外国の教授の方は私が頭の中が真っ白になって困っていても向こうから話すことはなく、私の言葉を待っていました。日本人同士の集団で私がこういう事態に陥ったら、多くの場合誰かの代弁あるいは「ノリ」により私の出番(?)は流されてしまうことでしょう。私が発話が少ないことを意識してからは長い年月が経ちましたが、こういった経験は記憶のある中では初めてでとても印象に残っています。

みんなでいたい、誰かと二人っきりになるのは気まずい、特に異性ならなおさらだ、というのが多くの方が抱く感情かもしれません。ですが私はあまりそう思いません。
そういう意味ではいろんな人とサシで話してみたいのですが、まあ現実的にそんな機会は少ないですよね…


Posted by Impulse610 at 18:10│Comments(0)
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