2016年12月26日

2016 年 12 月 26 日の人生

午前中は同期の修論発表の練習を、実験所の教員・学生でチェック。思いのほか燃えてしまい心配になる。確かに、弊研究室では、なにかと系統に話を持っていくクセがあるように思える。そこが研究の終着地点であるにしても、炎上の可能性を抱えてまで系統にこだわる必要もないのかもしれない。むしろ、研究をするのがほとんど不可能に思われていた材料を使えたこと、その記載に成功したこと、それ自体がとても立派な研究なのである。かような背景が、科学者全体のコンセンサスが得られていない、ということは悲しい限りだが、強く生きるほかない。

今回の質疑応答で、専門用語が難しすぎてどうにかならぬか、というものが挙げられた。これに関しては、こちらの努力で回避可能なこともあるのだが、どうしようもないこともある。むやみに略語(SEM など)を使うな、という指摘は対処できる。だが、ある発生現象の名称を、専門用語を使わずに説明することに、かなりの困難を感じるし、言い換えたとしても冗長になりすぎ、かえってわかりにくくなるのではないか、という危惧すらも覚える。端的に言い換えられないことは、ひとえに私の未熟さゆえかもしれないのだが、それで片付けられる問題なのだろうか。
「わかりやすい発表を心がけよ」とは全方面から要求されることであるし、それに誠意に対応することは、自らの専門分野を効率的に伝えるためのトレーニングとしても効果があるとは思うのだが、「わかりやすい発表」とは、本当に聴衆にとって価値のあるものとなりえるのか。
みたいなことを、「反省会」の中で聞いたりする。もうここまでくると愚痴に近いのだが、えてして研究者人口の少ないマイナーな分野の人は、数の暴力に屈しやすい。例えば、遺伝子とか生態学とかの専門用語を知らないと、「え、そんなのも知らないの?」「ちゃんと勉強しなきゃ」となるが、おそらく彼らと同じような感覚で専門用語を使うと「もっとわかりやすく話せ」とくるし、「私も勉強が足りないなあ」という感じで、向こうから歩み寄っていただくことが少ないように思える。まあ、こういった不平等さ、理不尽さこそが、人生の醍醐味といえるのだが…

そのあと、BOSS に修士論文第1稿を投げ、スライドチェックをしていただき、おそらく今度こそ ok となる。以前も書いたが、炎上の許可は相変わらず下りたままであった。消火器はできるだけたくさん用意しておくつもりだが、質疑応答の時間に使い切ってしまうのかもしれないなあ…



Posted by Impulse610 at 22:35│Comments(0)
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