2016年01月05日

life of 5. 1. 2016

今朝は7時過ぎ起床半出発,830より固定卵の処理をしたり年末に用意した樹脂ブロックのトリミングをしてから昼までピンセットを研ぐ.先が欠けてしまったので長期戦が予想されており,休日にやってしまうのが良いだろうなと思っているうちに数カ月経ってしまい,幸か不幸かモチベーションが無いのも相まって,いい時間つぶしになる.
午後はモチベーションが無いが,それを理由に隷属を止めることができないので,文献を読んだり,画像を整理したりして生きる.夕食後はDVDで講義を履修することでモチベーションの無い時間を有益に乗り切る.

以前まではやる気が出ないときには中古車を検索するとか人生論について考えるなどさぼっていたのだが,このまとめを読んだことにより,隷属を続けることはやる気の有無の影響を受けてはいけないのだなあと気が付き,そういう時にこそ文献を読んで知識を得たり整理することに使おうではないかと思い至るようになった.
そういう考え方に則れば,アカデミアには「研究が好きで寝食を忘れて研究に没頭できる研究者」以外の人がいても問題ない,というか,そういう人以外の人がいない環境が不自然である(よほど体力に余裕がないと早いうちに死んでしまう),という当たり前すぎる結論にも,なんだか親近感が抱けるようになった.いや,気が楽になったとでも言おうか.業績や進捗をバンバン出している人だって,もしかしたらやる気など全くないまま手を動かしているのかもしれない.むしろそういう人の方が大多数だろうし,一見マジキチ研究おじさん(別におじさんに性別や年齢を限定する必要はないのだが,語感的にここはおじさんでなければならない.おばさんとかお姉さん,お兄さんだとマジキチ感を過不足なく表現できない.奴隷的には,おっさんもリジェクトである)のように見える人でも,素人の目には見抜けないような巧妙さでモチベーションの無さを隠ぺいしているのかもしれない.
私は今のところD進を考えており,自分の研究者としての適性に疑問を抱き始めている訳であるから,とうぜん研究を行うことに「寝食を忘れて」打ち込むことはできないだろう.だが,そういうモチベーションの如何に関わらず,研究は行わないといけないのである(義務なのかも疑問であるが,少なくとも,遠隔地で院生をやっていて,研究をしないで生きるというのは高度な背徳行為に思える).そこで心を無にした,文字通りの奴隷的な隷属こそが,Just Do It の精神を全うできる,唯一の処世術なのかもしれない.
ちなみに,私は研究することが嫌いであるとか,もうカワゲラの顔も見たくないだとか,世紀末感漂うような悲壮さがあるわけではない.平たく言うと,手を動かし知識を得ることに楽しみを感じられる程度の素質はある.いまひとつ足りないのは,マジキチ研究おじさんになれるだけのバイタリティなのかもしれない.そういう点をしっかりと自覚しながら,モチベーションが無くても延々と勉強し続けるすべを身につけられたら,最悪の人生にはならないのかもしれない.まあともかく,本気・元気.やる気をモットーに隷属するのみである.



Posted by Impulse610 at 20:56│Comments(0)
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