2013年09月01日

変人の巣窟はいずこ

本日は荷造りを実行。長靴とか網の柄とか2Lペットボトルを改造して作るトラップとか、銀マットといったグッズを持っていく必要がないとなると、こんなにもスーツケースに余裕があるものかといたく感激してしまう。
それから、航空券のお金を支払う。12万円を切る値段を請求されたのだが、これ、まさか往復料金なんてことはなかろう。片道料金であれば、高くはないが、安すぎるわけでもない妥当な価格だと思われるが、予約でドタバタしていたことを思うと、そのことが費用の上昇に寄与しなかったのが不思議に感じる。

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さてここからは、自分と関わりのあったりなかったりする大学生の様子について、最低の見解を述べます。
簡単に言うと、世俗的な生き方をする学生がそのことに疑問を抱いていないように見えること、そしてそのような学生がとても多く、自分が苦労して入った大学に疑問を覚えてしまうということです。

まず、世俗的な生き方をする大学生とは、具体的にどのような人かというと、
・自分の身なりを、流行や一般的なスタイルに近づける
・経済的な理由がないのに講義を取らず、あるいはサボってバイトに明け暮れ、愚痴をこぼす毎日を送る
・暇な講義や実験の待ち時間に、携帯電話やスマートフォンのゲームに興じる
・少しでも空き時間があるとケータイをいじっている
・講義を受けて抱いた不満点をtwinsに書き込まず、内輪で消費する
・寝ていないこと、テスト勉強が不足していることを、なぜか積極性を含めて語り合う
・授業中に質問をしたり、意見を言ったりしない
・授業を、教室の前方で聴かない
・問題的なtwitterの投稿をした人に攻撃を加え、それ以上のことをしない
・敵を作らないような生き方をしている
・というか、世の中で良いとされていることには良いと思い、悪いことには悪いと思っていて、それに関する疑問を抱いていないように見える
・否定的な意見を、自分の人格への攻撃だと誤解する
・主にテレビ上で人気を博した人物の言動を真似する

といったものでしょうか。おそらく、挙げればキリがないと思います。
このような特徴のうち、全てはありえないでしょうが、多くのことに該当しながら、そのことについて考えることなく、流されながら大学生活を消費しているような大学生が、つくばといえども多いように感じるのです。

610は学力が足りずに、この大学に来るのに1年余計な時間を浪費していたのですが、入ってみたら予想以上に、世俗的な生き方をする大学生が多いことに戸惑いました。特に入学したての頃は、週末には欠かさず虫取りをしているようなアクティブな同期が見つからなかったことと、女性陣の身なりが予想以上にきらびやかだったことに愕然としました。
それから、テレビに映るアイドルやバラエティ番組の芸人の名前・持ち芸を知っているということが個人的には衝撃的でした。この辺に関しては、名前を知らずに過ごすことの方が難しいかもしれないのですが、どの人が好みだとか、芸人の持ちネタを披露するような会話が繰り広げられていることを思うと、複雑な気持ちになります。
※それと同時に、大衆娯楽の恐ろしさというか、その暴力的な部分をも垣間見た気持ちになります。聡明な同窓生も、ひょっとしたら大衆娯楽の餌食になってしまい、そこから抜け出せずにいるのかもしれません。

研究のレベルが高く、それに入試の難易度もそこそこ高い大学に集まるような学生は、もっと脱俗的で、身なりも言動も強烈なものであると思っていたのですが、悲しいかな、そんなことは無かったと言えそうです。
しかしながら、610がここに書いているようなことを常日頃から悩んでいるような、社会に出たらまず抹殺されそうな考えを持つ学生は、少数存在します。彼らの考えを伺う機会が幸運にもあるのですが、それを見聞きしているとすごくいい気分になります。

余談ですが、610は、こういう悪魔のような話題について話し合える時か、あるいは生き物談義ができるような時にこそ、盃を交わすことに意義を感じます(そういう機会でも、酒が飲みたいから飲むわけではないですし、場合によっては拒否するでしょう)。
少なくとも、今までの大学生活を振り返ってみると、およそこの2つ以外の話題で盛り上がった飲み会は、610にとって無価値でした。何せ、思い出すのは悪夢のような不快感だけですから…

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さて明日はビザの受取りや、日本円の両替をしておこうと思います。

さて表の記事には大学で感じたことを書きましたが、近々自分の高校時代を振り返ってみると、大学とあまり変わりがなかったように思えてなりません。
高校時代こそ、制服があった影響で服装に関する問題はスキップできていましたが、髪の色を変えてみたり、耳飾りをつけてみたりする生徒は少なからずいましたし、それから夜のテレビ番組で登場したネタが翌朝の教室で登場していましたし、常識はずれな言動をする人もいませんでした。まあ、高校生はほぼ全員が実家から通学していたわけだし、テレビに関しては影響を免れないのでしょうが…

ところで、我々はスマートフォンの大衆化直前に卒業した世代なので、スマートフォンやtwitter、facebookの諸問題についてもスキップしていたのですが、卒業から3年たった現在、それが顕在化しています。特にfacebookは、高校の同期がつながりの大半を占めているのですが、610にはとてもじゃないが直視できない更新を頻繁に行う人が何人が存在していました。集団で映っている写真とか、とにかく人物の写真をとめどなくアップするので、なぜこんなことをするのか疑問でなりませんでした。そういう人たちの更新は常時非表示にしているのですが、今回この記事を書くために久々に眺めてみたところ、相変わらずたくさんの写真が投稿されていて、辛くなりました。

それから、自分が通っていた高校に対するプライドが、あまりに世俗的な大学生像を目の前に突き付けられて傷つけられたような気分にもなります。随分ひどい言い方ですが、このブログを読むことに抵抗を感じない読者の中には、何となく理解していただける気がします。
ちなみに、その高校というのは中学当時の自分には学力的に入学できそうもなく、たまたま610がひねくれていなかったがために推薦で入り込めた伝統のある進学校でした。
こういう場所で3年間を過ごした同期が、世俗的なものに染められていくさまを見るのは、非常に辛いことです。もしかしたら中には就活を終えている人もいるかもしれないのですが、社会常識や大衆世界にまみれてこの先を生きていくのかと思うと、それも辛いことです。いや、実際辛いのは変な考えをする610だけであって、優秀な同期の多くはこんなことに躓くことなく、順風満帆な社会人生活を過ごしていくことになるのでしょうね…


Posted by Impulse610 at 18:10│Comments(0)
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