2012年03月17日

分かりやすくなければ価値はない

7時起床。昨日帰宅してみたらエアコンが撤去されており(部屋を片付けないまま六郷に戻ったため非常にいたたまれない思いをすることに)、朝から頭が寒い。とりあえずオサムシたちを標本にしたり、読書を薦める。
六郷にいた時に読んだ『ブログ進化論』にて、ブログを5年間毎日のように書いてきて、初めてトラックバックの意味するところが分かった。
610が執拗に「ブログにコメントをください」とか「ブログを読んでいたら教えてください」などと直接聞かずにこの場に書くのは、第一にこのブログの中身は自分で宣伝して薦められないようなことをしばしば書いているからであり、第二にブログで書いた内容を話すとき、ここを見ているのか否かで話し方が違ってくるからである。こう書いているうちに「このブログを見たからには何らかの足跡を残さねばならない」よう仕向けているようで傲慢だとも感じてしまうのだが、心理的負担を被ってまで強制するつもりはない。サラッとしたものでも、徹底的に論破しようというものでも構わないので、気が向いたときにコメントを頂けると嬉しゅうございます。

ついで『やっぱり、人は分かり合えない』を昨日から今日にかけて読了。中島義道と小浜逸郎の書簡集であり、これの刊行に至るまでのいきさつがあとがきに書いてあるのだがこれが非常に面白い。
第二書簡のタイトルは「なぜ、ものを書くのか?」というものだが、610がブログを延々毎日書くスタンスが、小浜の「ナマの現場でうまくしゃべれないことの代償行為」「言いたいことがうまく言えないくやしさをなんとか雪ぎたい」というものに極めて近い気がする。610と会ったことのある方ならお分かりのように、リアルの私は毎日のブログの文量からは想像もできないほど話さず、話の内容も貧相で、日常会話もままならない。虫の話題や1対1の時にはかなり改善されることもあるが、そういう機会は稀。個人的には1対1の時ほど話しやすい時はあまりないのではないかと思うのだが、多くの人はそういった状況に陥ることを丁重に避けているような気がする(単に610を避けているだけなのかは分からないが)し、そのためなのか自分からサシで話したいと言うこともない。人見知りの度合いも強く、大学近辺で同じクラスの人にあっても自分から挨拶を仕掛けることもなく、何とも気まずい思いをすることが多々ある。
日常会話もそつなくこなし、議論の場でも完璧に思ったことを言い放てるようになれば、ブログでこんなに長ったらしく書くこともないのだろうか。

さらに『キャラ化するニッポン』読了。610は現実とブログとで異なる「キャラ」を使い分けているように思われるかもしれないが、そんな能動的に「キャラ」を切り替えられるような器用さはなく、上に書いたように口下手なゆえの結果である。あと、610は他人を「○○キャラ」だなと、「キャラ」による分類ができない。そういう概念が定着していないからなのだろう。

昼食後にやどけんブログを更新。こちらにて「ガロア教徒の聖地巡礼」の昆虫採集部分をピックアップして掲載しているので是非とも閲覧されたい。
ところで、この旅行記についてなのだが、このブログ内ではなくホームページ等で公開したいなと考えている。前々から話題に出しているエッセイも含めて、別のwebサイト上にアップしたいと思っているのだがなかなか実行に移せない。何でも、大学のサーバーを借りてHPを作ることができるようなのだが、その該当ページの申込フォームへアクセスできない。
ただ、HTMLの知識に乏しい610がHPを作ったところで閲覧数はよほど宣伝しないと伸びないだろう。それにくらべてブログで書くとびっくりするくらいにヒット率が高い。このカラクリは『ブログ進化論』に書いてあってなるほどと思ったのだが、それを考慮すれば新たにレンタルブログを立ち上げた方がよいのかもしれない。まあ手っ取り早いのはこのページを活用することなのだが・・・



熊電の青ガエルを一枚。

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たびてつの話し合いはどうやら今日ではなかったようです。一日中雨だったのでそれはそれで助かりましたが。
明日は読書もしたいですが勉強もしないと…



Posted by Impulse610 at 18:10│Comments(0)
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