2014年06月04日

なぜカワゲラの研究をしているのか分からない病

今朝は6時起床。眠くて仕方がないのだが、朝に歩いてセンターに向かうのはなかなかいい気分になれる。今日はエゾハルゼミを拾うこともできたし、なおさらご機嫌である。スライドの手直しは昨日の段階で大方終えたので、いつものようにカワゲラの卵の処理に数時間を費やし、チェックはお昼前から始める。
昼食後に発表になったが、やはり昨日練習できたのはとてもよかったようで、かなり気楽に話すことができた。ただ質問にうまく答えられなかったのは情けないことである。なぜカワゲラをやるのかとか、比較発生をやるのかという根本的な問いに対して、先生が与えたテーマだからといった外部要因を持ち出すようではいけない。もっと内側から湧き出る好奇心とか意欲があればいいのだが、ここに来ると決めるまでカワゲラには見向きもしなかったことだし、昆虫の進化や系統について深い知識があったわけでもなかった。それでも周りの人たちからすれば、こういう問いに答えられない人間がいることが研究を行おうとしている現状が信じられないかとのごとく、問いかけてくることを止めない。

610は610でウソを言いたくないのだが、「先生が与えたテーマだから」という現実的な答えも真実を表している訳でもないこと、「カワゲラが好きだからカワゲラの研究の道に入る以外選択肢が無かった」わけではないことがネックとなって、色々な言葉を見繕ってそれなりの答えをしようと努力するのだが、その言葉のどれ一つとして自分の心に響かない。
うーむ、分からない、というのが最も正鵠を得ているかもしれない。この分からないという言葉には肯定的な意味と否定的な意味が含意されており、前者は「just do it ~行動の先に光は見える~」的な発想で、研究を進めていくうちになぜという問いに答えられるだろうという感じであり、後者は単なる思考停止であり、モラトリアムの延長的態度である。
残念ながら今の心境からすると後者に近く、分からないことを考えたくなく、ただ目の前にあるカワゲラの卵を処理して人生を消費しているような意味合いが強くなっている。はてさて、いったいどうすればいいのだろうか。先輩方や先生方に問いかけるのも悪くはないのだろう。こういう問いをうまくかわすtactics的なヒントを得られるかもしれないが、そういう態度で質問する気は起こらない。そうではなくて、菅平で研究を行うということには覚悟が伴うだろうし、いろいろな物を失うリスクもある中、そういったリスクに勝る研究や材料に対する熱意があったに違いないのだから、その熱源の認識に至るプロセスとか絶えず燃やし続ける秘訣とか、或いは610の否定的な分からないという態度を看破するような刺激あふれる体験ができるという思いでいるほうがよっぽど健全であろう。

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久しぶりに細々としたことを書いたらとても支離滅裂になってしまいました。このままカワゲラに圧倒されて思考停止状態に陥らないよう注意しないといけませんね。  


Posted by Impulse610 at 18:10Comments(0)