2012年07月14日

悪は愛で遊ぶの

7時起床。朝方怒涛の豪雨がつくばを襲ったようだが全く記憶にないのでぐっすり寝ていたのであろう。

集中:ロシアの言語と文化
ゴーゴリの研究家が福島からやってきて、ゴーゴリの生い立ちやサンクトペテルブルグという町が抱える光と影、そして「都市伝説」という観点から作品を解釈してみる方法など、内容が多岐に富んでいたのだがこれは非常に新鮮で面白かった。610は日本文学というものを全く読まず、もちろんロシア文学も言うに及ばないのであるが、作品をより深く味わうために当時の背景知識があるのは大いに活用できるのだなあと感心。歴史や民俗にもう少し興味があったら、私も文学作品を読む意欲が湧いてくるかもしれない。

同時に、この夏休み受けてきた2つの生物学類開設の集中授業と違って非常に興味深く感じられたのは、もしかしたら「通説」と「自説」の違いなのではないだろうか。生物の方では、海洋物質循環学と植物の進化についての定説や、高校や1年次に聞いたような説明が多く、担当講師独自の見解に沿った話は少なかったか、あるいは無かったのではないかと思った。一方今回は恐らく担当講師独自の切り口でゴーゴリの作品を研究した「成果」なのであろうから―そもそも自分の知識が無いこともあるが―、それが我が感心の度合いに影響したのかもしれない。
博物館学Iの授業で前半担当の講師(現役学芸員)がお話ししたことの中にも似たような逸話があったのを、ひょっとしたらこのブログを毎日見ている方は覚えているかもしれないが、私も講義を振り返ってみると、この関心の昂ぶりはそういう所につながっているのではないかなあと思えたのである。今は『インドで考えたこと』を読んでいる真っ最中であり、積読はまだまだ消えそうにないのだが、こういう話を聞いた後には、よし、ゴーゴリを読んでみよう!と思えるものだ。

課題として、作品の一つである『外套』の一部を読んで、解説を受けて思った感想をひとしきり書いた後、やどけん部室へ移動。無性に部屋の整理がしたくなって、なんとなく類別を行う。いっそ捨ててしまいたいものは山ほどあり、昆虫標本とて例外ではない(ラベルが無く、ボロボロになっているものなど)のだが、「捨てるな」と書かれているものが封印されたままだったりして、先輩の顔を知らないものとしては非常に困惑させられる。自分も自分とて、高校の生物室にはごちゃごちゃな昆虫標本、および道具や図鑑を残してあるままであり、自分としては後の生研部員に献上したつもりではあるのだが、余計なものを持ち込んでよいのは現役時代だけで、卒業するにあたって何らかのアクションを起こしておくべきだなあと実感する。
処理の仕方に関する伝言を挟んでおいたり、撤去したり・・・ さもないと負の遺産となっていつまでも残り続けることになる。まあ、自分の専門だからかいくらかの贔屓はあると思うが、高校や大学内で採集した昆虫標本はしっかり保存しておく意義はあると思うが、個人で集めたものはどうにかした方がよいだろう。自戒も込めて、今度高校に立ち寄る機会があったら昆虫関係の物品を整理しておきたい。そして、近いうちに部室の片づけやある程度秩序だった体系を提案してみたい。

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明日も集中。授業が非常に楽しみです。  続きを読む


Posted by Impulse610 at 18:10Comments(0)